第1回 XR創作大賞用作品『ビター・スイーツ・チョコレ

第1回 XR創作大賞用作品『ビター・スイーツ・チョコレート』(5/7)
※大賞のレギュレーションに編集したものになります。

【二月十四日】
地面に落ちた本はひどく汚れていた。
ところどころに傷が目立ち、表紙にはペンをただ走らせたような線が沢山ある。
あの十二月二十四日から約二ヵ月。
この本の持ち主がどのような心持ちでこの本を書き続けていたのかをうかがわせる。

「…………」

本を開くと、少しの間を置いて映し出された映像。
そこは彼女がVR世界で作った、自分の部屋だった。

「……久しぶり。元気にしてた? 突然ゴメンね。もう……今日しかなかったから」
「ううん、それはいいの。それより……」

約二か月ぶりに顔を合わせてた彼女はかつての快活な存在感を失い、ひどく弱々しくなっていた。

「あはは、いきなりで驚いたよね。しばらく話もしてなかったのに、会って早々に『私はあの人の娘です』なんて言われたら」

前のように笑おうとする彼女。
しかし、どうしても声に力が入らないのか、乾いた声が静かに虚空に消えていく。
思うままに笑うことさえできない――そんな現実に彼女の笑みが歪む。
その姿を見るのが……とても辛かった。

「その……娘、さんが言ってたことは本当なの?」
「うん。あたしはもうじき死にます」

楽観も悲観もない、感情のこもらない声で彼女は話す。
ただ淡々と。自分のこれまでと……これからについて。

「元々年を越すことはないだろうって言われててね。それで家族とも話して、最後の人生くらい好きな事を好きなだけやっていいよってなって……」
「それでこの世界に……?」
「うん……。元々女の子に憧れがあってさ。最後くらいは女の子として……自分の好きな人の横で最期を迎えたいなって思ってたんだけど、こっちの世界でいろんな物に触れて、いろんな人に出会って……そしてあなたと同じ時間を過ごしていくうちに『もっと生きたい。まだまだやりたいことがあるんだ』って思えて……気がついたら十二月になってて――」

こうして話すだけでも辛いはずなのに、それでも迫りくる”何か”に抗おうと指でピースサインを作ってみせる彼女。

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