第1回 XR創作大賞用作品『ビター・スイーツ・チョコレ

第1回 XR創作大賞用作品『ビター・スイーツ・チョコレート』(2/7)
※大賞のレギュレーションに編集したものになります。

【十月三十一日】
本のページをめくると、次に姿現したのは夜の住宅街だった。
真っ暗な世界のなか、家のいたる所から聞こえる笑い声。
通りのあちこちに置かれている街灯はそのイベントを象徴して、すべてがカボチャの姿をしていた。
時は十月三十一日――このVR世界でもハロウィンに世界が色付いたときだった。

「「トリックオアトリ~トーッ!」」

会場のあちこちで沸く声の中に私たちもいた。

「えへへ~、またお菓子貰っちゃったね」
「これであと三つかな?」

その日はお菓子メーカーの企業が主催するイベントに参加していた。
企業、ワールド製作者、かつてVtuberと呼ばれていたバーチャルタレントの人たち――各方面の人たちの力が合わさって、今は一大イベントとして広まったハロウィンイベント。

ワールド内の家に訪れ、お決まりの文句――”トリックオアトリート”を言って回るだけ――ただそれだけのイベントで、家に訪れた証としてお菓子を貰い、一定数集めると主催企業から実際にお菓子を貰うことができるというものだった。

「去年はカボチャの形をしたキャンディだったけど、ことは何かな?」
「ん~、やっぱりあの会社だし、次はチョコレートかな?」
「あ、やっぱり? 私、チョコレートって大好きなんだよね」
「そうなんだ。私もむす……家族が好きだからよく一緒に食べるんだよ~」
「そうなんだ。今回の景品、チョコだといいね――」

ニコリと笑う彼女に笑顔を返す。
彼女と過ごす時間が三ヵ月になる頃には互いに気を遣うことがほとんどなくなり、わずかだけど、お互いのプライベートな姿も垣間見えるようになってきていた。
本人は無自覚に言葉を零してしまっているので聞かなかったことにしているが、そうした姿が見える事が少しだけ嬉しかった。

「――さあ、次のおうちからもしっかりと取り立てないとね」
「お金を?」
「お菓子に決まってるでしょっ、ほらっ! 早く――」

笑顔で手を差し伸べてくる彼女の手を取り、一緒に歩く。
見えるけど見えないフリをする――そうした”思いやり”の上でこのVR世界は成り立っているし、そうした優しい人たちが自分らしく生きていられる場所なんだと、改めて思う。

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