第1回 XR創作大賞用作品『ビター・スイーツ・チョコレ

第1回 XR創作大賞用作品『ビター・スイーツ・チョコレート』(1/7)
※大賞のレギュレーションに編集したものになります。

白と紫の花で彩られた――庭園の中央に立つ台座。
そのうえに置かれている本を手に取る。

「…………」

人間、失ってから始めてそれがどれだけ大切だったのかを気付かされる。
「あはは……ここはやっぱり変わらないね」

この世界はかつて訪れた時と変わらず、綺麗なままだった。
バーチャルリアリティ――VRと言われるその世界ではすべてのものが色褪せることなくその美しさを保っている。
庭園の花も、澄み切った青空も、そして今は亡き人が遺した証――この本さえも朽ちることはない。

「皮肉だよね。ここは何一つ変わらないのに、もう涙も出なくなっちゃったよ」

本のページをめくり、この世界の制作者である彼女の記した記憶に苦い笑みを見せる。
当時こそ辛さのあまり流した涙も、今ではもう悲しかったという感情しか残っていない。

「…………」

一息入れ、視線を本に落とす。
彼女と初めて出会ったあの日――【八月二日】から彼女と別れることになったその日まで、記憶の旅に出るために私は本のページをめくった。


【八月二日】
ページをめくると本はその姿を失い、代わりに宙に大きなスクリーンが現れた。
そこに映るはVR世界のスクランブル交差点。私が彼女と初めて出会った場所だった。

「「あっ、このゲーム新作出るんだ――」」

きっかけはその一言だった。
VR世界の技術進歩は凄まじく、今では多くのことができるようになった。
買い物、映画鑑賞、観光旅行はもちろん、その利便性の高さに腰の重い行政などの機関も力を入れ、今では行政手続や銀行手続さえできてしまうほどになっていた。
そのため、今では休日のひと時を過ごすためだけにVR世界に来る人も多い。
そんな人間たちの一人として、私たちはここで出会った。

「もしかして、あなたもこのゲームを?」
「ええ。懐かしいなぁ、もう10年も経つんだ……」
「ほんと、あっという間だよね……」

同じゲームを経験していたということが幸いしたのか、私たちはすぐに打ち解けて話をするようになった。

「…………」

談笑を楽しむ彼女の姿を最後に、スクリーンの映像が消え、再び本が現れる。
私は宙を漂うその本を手に取り、ページをめくった。

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